アテネ五輪銀メダリストの伏見俊昭選手が競走中の事故により逝去、享年50

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2026年7月19日、日本の競輪界および自転車競技界を牽引してきた偉大なトップレーサー、伏見俊昭選手が50歳でこの世を去りました。長年にわたりファンや後進に多大な影響を与えてきたレジェンドの突然の訃報に、スポーツ界全体に大きな悲しみが広がっています。

悲劇の発端となったのは、同年7月18日に開催された松阪競輪(FI)の第12レース・S級決勝戦でした。激しいレースの最中に落車事故が発生し、同選手は頸髄損傷の大けがを負いました。直ちに市内の病院へと搬送され、懸命な救命治療が続けられましたが、翌19日の午前10時15分、帰らぬ人となりました。

1995年の選手登録以降、伏見俊昭選手は弛まぬ努力と卓越した実力でトップの座へと駆け上がりました。2000年代に入るとその才能が本格的に開花し、オールスター競輪(2001年、2008年)およびKEIRINグランプリ(2001年、2007年)でそれぞれ2度の栄冠に輝きました。さらに、日本代表としても輝かしい実績を残し、2004年のアテネオリンピックではチームスプリントにて銀メダルを獲得するなど、国際舞台でも日本チームの躍進を支えました。

サマーナイトフェスティバルの開催地であった高知競輪場では、同郷の弟弟子である新田祐大選手や、アテネ五輪で苦楽を共にした井上昌己選手が緊急会見に応じました。言葉を詰まらせ、涙を堪えながら先輩への尽きせぬ思い出や深い敬意を語り、残された者たちがその志を受け継いで結果で恩返ししていく決意を誓いました。

近年もGIレースで上位入走を果たすなど、年齢を感じさせない圧倒的な強さを発揮し続けていただけに、その損失は計り知れません。ここに謹んで哀悼の意を表するとともに、ご遺族の皆様に心よりお悔やみ申し上げます。